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ビー玉と木のおもちゃアトリエマーブル


ビー玉を文化に
【これからのミライを見据えた世界】2022.01.26
ビー玉を文化にするだなんて、かなり大それた発言だと思います。例えば、地元でビー玉が生産している工場があって、それがその地域の生活を支え、やがて文化になる、というような話ならまだわかりますが、そうではない。ビー玉が好きな作家がいて、それをただ色々なカタチで発信している、、というだけにしか過ぎないのですから。でも、今の活動をそういう視点で捉え、活動を続けていくというのもなんだか楽しい気がして考えたりしてます。
文化を考えていくとやはり一人で出来るようなものではなくて、自然発生的に起こるものが文化となるのだと思いますが、スマホを通じて様々なニッチな分野な世界の情報を簡単に手にしたり、YouTubeを通して観たり出来るようになりました。これはひと昔前のような遊び環境には戻れず、個人がそれぞれ好きな分野へ飛び込み没頭する、、という世界になったのです。なので、地元でそうしたコミュニティへわざわざ足を運ぶ必要もなく、文化というものが形成されにくい時代になってきているのではないかと思っています。、、とは言え、ビー玉を文化に出来るほどの影響を自分が身に付けることを考えると、ビー玉に注ぐ人生として一生終えても良いと思えてくるような気がします。現在33歳。この歳でビー玉ばかりを考え、ビー玉を日々触り続けている物好きはあまりいないと思いますが、ふと客観的に自分を捉えると面白い人生じゃないかなと思えてきます。コイツの人生はどうしたらもっと面白くなる?なんて思うほど冷静に自分を見たりもします。そんな自分を面白くも、つまらなくするのも自分の行動次第。本気でビー玉を文化にしたいなら、ビー玉のありとあらゆる面白さを徹底的に分析したり、実際におもちゃに昇華して製品にしたり、マーブルマシンや装飾としてのビー玉の付加価値を高めるような作品作りもどんどん取り組んでいく必要性がある。そう考えると自分の今取り組んでいる活動はそうした“ビー玉を文化に”というキーワードに繋がっているのかも知れません。
この10年のスマホの普及で生活の価値観はだいぶ変わりました。今後はデジタルコンテンツの充実がより加速して、VRのような仮想世界が盛り上がりを見せていくような気がします。そうなったときに、リアルで体験出来ることの付加価値ってなんだろうと問われる場面が必ず来るはずです。いや、すでにずっと来ているはずです。それは子育て世代の多くがそれを実感としていると思います。それこそ文化なんて言えないほど、アナログに価値を感じられなくなる人も少しずつ増えてくるかもしれない。未来の事を考えていくと、今取り組んでいる活動やアナログ的魅力を自分自身が楽しいと感じる感覚をしっかりと研ぎ澄ましながら、自分の中に落とし人に伝えていく作業が必要なのかも知れません。それが最終的に文化となる日を信じて。
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